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神社と教会

最近、神社巡りにハマっています。

出先で
とりあえず、
Googleマップを立ち上げて神社を検索。

現在地から1番近い神社まで
徒歩で何分かかるかを確認して、


お散歩開始。


途中
こんなのとか


こんなのとか


日頃見慣れないお花を愛でながら

目的地到着






なんじゃ?これ?



大した知識も持たぬまま神社巡りを続けてみて、
今更ながらいろいろな発見がありました。

日本には、
大きなものから小さなものまで
いたるところに神社がある。

ひとつの神社の敷地の中に
複数の神様が祀られている。

赤い鳥居があったら、
それはお稲荷さん。

などなど、

知識を持って神社を巡ったのではなく、
まず神社巡りありき、
そこから
神社の法則が見つかっていくのが面白い。

そうこうしているうち、
こんなことに気づきました。

有名なものは別だけど、
たいていの神社は、
いつでもその敷地に入って
お参りをすることができるということ。

これって、すごくない?

どこにでもあって、
いつでもお参りしたい時に
お参りできるなんて、
神社、心広い❗️

教会ではこうはいかないよなー。
と思って
賽銭箱の前でそのことを
クリスチャンの友達に言ってみました。

そうしたら彼女のリアクションは、、、
まさかの、、、

そうなのよ❗️
教会は神様の前まで行けるけど、
神社は建物の外からしかお祈りできないのよ‼️


どこでもいつでもお参りできる神社に
とてもオープンなものを
感じていた私だったけど、
クリスチャンの目を通して見ると、
建物の外からしか拝めないという状況は、
何か遮断されているように感じるらしい。


いつでもというわけにはいかないけど
神様の近くまで行ける教会と

建物の外からだけれど
24時間いつでも祈らせてもらえる神社。

比較するということ自体がナンセンスかな。
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コメント

数年前に熊野神社や関西方面の神社巡りをした事があるけど古い神社には目に見えない何かを感じました。鳥居をくぐると急に空気が変わる感じ。風が吹いたり。
確かに神殿の中は見えないけど、神様の存在を肌で感じる?目に見えないからこそ心で感じる感覚は日本人ならではなのかな?

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